ゲームは脳力・能力をアップさせる至高のエンターテインメント ――― ゲームをすると馬鹿になるなんて言わせない

ゲームには世間が思いもよらない様々なメリットがあります。 おもしろい・たのしい、それだけじゃない。 ゲームが学びや脳力・能力アップの「ためになる」ことを知ってほしい。 さあ、ここからは「ゲームの時間」です。

カテゴリ: ゲームと生活

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今まで別の記事で何度か話に出したこともありますが。
どれもさらっとだったので、一度、一つのテーマとして取り扱ってみます。


タイトルに該当するのは、主に「発売日から早期(平均一か月以内程度)に購入・クリアしたゲーム」です。

書いてしまえば当たり前のことなのですが。
要は「売値が高いうちに売り、買値が安くなってから買い直そう」という話です。


クリアの概念はそれぞれで持っていただくとして(メインシナリオ攻略、エンディング後の裏ステージ攻略、やり込み要素完全制覇など)。
一度クリアしたゲーム、みなさんはどうしてますか。
「またいつかプレイする(またはプレイするかもしれない)からとりあえず保管」としていませんか。
ぼくもそうやって保管していましたが。
そのうち1年以内にやり直したゲームなんて数えるほどしかありません。

発売日に5000円で買ったゲーム。
1年後だと新品でも1000~2000円代なんてこともざらにあります。
そのゲームをクリアするのに1か月かかり、1年保管するのはもったいない。
クリアした直後だと3000円で売れているからです。
一度売って新品で買い直した方が1000円くらいお得ですよね。


もちろんデメリットや例外もあります。
例外と言うか…この状況の方がやや限定的なのですが;;


まず、「安くなっている保証はない」点。
「様々なソフトの値段の動きを見る」ということをある程度数をこなしてやっていれば、なんとなくはわかりますが。
それも完全に正確ではありません。
正確でない上、その目安を言葉に落とし込むことも難しいですし。
シリーズ作品なら過去作の元値と現値、発売日から何ヵ月経ったかなどを見ますが。
シリーズものでもゲーム評価や出荷本数、ハードや時代背景など影響するものは細かく挙げられるので。
そんなことを確認する暇なんてないという人も多いでしょう。


次に「セーブデータがなくなる」こと。
最近ではセーブデータがSDカードに保存されているものもあるため。
同じタイトルの別ソフト(つまり一度売って再購入)でプレイしても支障のないこともありますが。
それでもまだ少ないです。
クリアデータの引継ぎなしで最初からやり直すつもりだったならまだしも。
メインシナリオはクリアしてやり込み要素だけ残している場合など。
セーブデータが消えることで不都合が生じる状況も多くあります。


「そもそもパッケージ版にしか通用しない理屈(ダウンロード版だと売れない)」であること。
こちらも時代の流れでダウンロード版を購入する人も増えてきましたが。
ダウンロード版に限らず、そもそも売るつもりのない人に関しても言えます。
「開けない、完全コレクション用」と「開けてプレイはするけどコレクションでもある」という2つのタイプ。

後者は心理要員も関わってきます。
一度自身の手に渡ったものに価値を感じてしまう、というもので。
もうプレイしないと感じてはいても手放すのが惜しくなってしまいます。
これが行き過ぎるとゴミを捨てられない人にもなりますが、それは極端な話なので置いといて。

心理要員でもう一つ、人の手に渡ったものは欲しくないというタイプもあります。
潔癖タイプの人ですね。
先の例では再購入も「新品」で書きましたが、当然「中古」で買うことも視野に入ります。
新品はほとんど安くなっていない、または古すぎて高騰している場合など。
中古購入せざるを得ない状況もあるので。
誰かわからない人の物はアルコール脱脂で拭いても気持ち悪いと感じる人がいてもおかしくありません。


そう言えば書き忘れていましたが。
「一度クリアした後はもう二度とやらない」というのも例外の一つですね。
売って終わりです。

例外の方は他にも「売りに行く(ネットでの売却含む)のが面倒」という場合もあり得ます。
単純な心情的なものや時間がないからなどいろいろありますが。
本人が細かい金銭は気にしないと考えているのであれば何ら問題はありませんね。


書いていればデメリットや例外の方が多いので脆弱な提案な気もしてきましたが…笑
もちろんメリットの方も存在します。


金銭の損得以外で挙げると、まず売ることで保管場所を取られません。
再購入するなら結局同じだろうとお考えかもしれませんが、これがそうでもありません。
と言うのは、再購入しないものも案外多いからです。

これは一度体験していただかないと理解しにくいかもしれませんが。
またやるつもりだけど一旦売却した、という場合でも。
時が経てば「やっぱりもう良いや」と感じることがあるためです。
やり直すつもりで保管していたのに結局やる気がなくなった、というソフトはありませんか。
それとまったく同じ感覚です。
なのでとりあえず売ってしまうことで保管場所を取られずに済みます。
この場合、早く売っている方が金銭的にもお得ですよね。

存在を忘れていたという場合もありますが。
またやりたくなるゲームはふとしたきっかけで思い出すものですし。
忘れたくないほどのものなら予めメモをしておけば済みます。
ちなみにメモ場所のおすすめはカレンダー。
そのカレンダーの最後の月(12月や3月)に目立つように書いておきます。


ここから派生したところだと。
自分にとっての良ゲーを見つけることもできます。
「(メモ含め)忘れずに再購入した」「また買いたくなった」ほどにそのゲームが面白い、そのゲームのことが好きだということ。
値段の要素も複合されるとさらにです。

先ほどデメリットの方で安くなるとは限らないと書きましたが。
安くなっていない、売値と同等ならまだしもむしろ売値より高いままのものでも。
本気でやりたいものは金銭の損得なしで買い直すもの。
もうやらないと思っていたものを高値で再購入した時はグッとくるものがありました。

ただ、売値より高く買い直すハメになってもやりたいほどのものは。
そもそも売る前にわかる場合もあるので(そのシリーズの大ファンなど)、この点にはご注意ください。


身の周りが常に整理された状態にできると。
積みゲー圧迫感もなくなる、または和らぎます。
本当の積みゲーならまだしも、やるかどうかもわからないただ保管しているだけのもので圧迫を受けるのはおかしな話ですしね;;


と、こんなところでしょうか。
細かく挙げればまだありますが、本当に細かいので飛ばします笑

該当するのは主に「発売日から早期(平均一か月以内程度)に購入・クリアしたゲーム」だと最初に書きましたが。
一度売ってしまえという理屈は「今すぐプレイしない、かつ今より安くなる可能性のある(または可能性の高い)ゲーム」全般に言えます。
その主たるものが発売したての新作だという意味が一つです。

発売日に買って一週間以内にクリア&売却してしまうと。
購入時と売却時の差額が1000円未満になることが多く。
二か月後にはその売値より買値がさらに1000円近く落ちていることもよくあるので。
最初の購入額が5000円だとしたら。
発売日から二か月後に買い直したとしても、5000-4000+3000=4000円でそのゲームを買ったことになります。


いや、最初から買値が4000円まで下がった時点で買えば良いんじゃ…?
もちろんそう考えるのも間違っていないどころか正しいです。
が、買値が1000円近く下がるには大抵一か月はかかります。
そこまで我慢できる人なら最初から4000円で買った方が良いですが。
我慢できない!すぐにやりたい!という人もいますよね。

この、「すぐにやりたい」と思えるゲームが多いのも新作です。
1年前が発売日のゲームを買おうと思っても、「あと一か月待てばもう少し値段が下がりそう」だとわかれば買い躊躇いやすいですよね。
新作じゃない方が、先ほどの「最初から4000円で買えば」という理屈が通用しやすい。
これが、「主に発売日から一か月以内…」と書いたもう一つの意味です。


随分回りくどく、わかりにくくなっていたらごめんなさい…;;

細かいことをすべて排除して簡潔に結論を出すなら。
「新作は発売日に購入して一か月以内には売ってしまおう」ということですね。
いずれやり直すつもりでもその方がお得ですよ、と。





松山勝弘(まつやままさひろ)
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以前こんな記事を目にしたことがあります。
どこでいつ見たかを忘れたので、引用ではなく、内容を覚えている範囲でかいつまんでお話しします。



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新卒入社したての若者が、仕事がやりがいもなく面白くないと辞職願を上司に出します。
上司がここをやめてどうするのかと尋ねたところ「公務員になります」と。
理由は「安定しているし市民の人の役に立てる仕事だと思う」。

上司はやめることに反対はせず一つ質問をする。
「好きなゲームはあるか?」
この若者は得意の格闘ゲームを挙げる。
「じゃあ今日そのゲームを始めたばかりの人物が君に挑んだら勝てると思うかね?」
「無理でしょう。自分相当強いですよ。」
「じゃあその今日始めたばかりの人物が君にコテンパンにやられたその一度だけでこのゲームはつまらないと言ってやめたらどう思う?」
「正気の沙汰じゃないですね。たったの一度だけでこのゲームのおもしろさを語らないでほしいです。自分がこのゲームのおもしろさを徹底的に教えますよ。」
「仕事も同じではないのかね?」
「……。」
結局この若者はやめるがその後どうなったかはわかりません。

------



大体こんな話でした。

そのものについてほとんど何も知らないうちから決めつけてしまうなと。
そんな簡単にやめる人生を送るなと、そう言っています。



ぼくは読んでて疑問を感じましたが。
「上司はその仕事について本当に好きで本当におもしろいと思っているのかな?」と。

若者の方はゲームが好きなのがよくわかります。
そのゲームのおもしろさをわかってもらうために必死になると言っていますから。
本当に好きなものってそうじゃないですか?
多くの人(じゃなくても身近な人)にそのおもしろさをわかってほしいし、できれば一緒にやりたい。

ぼくもよく好きなゲームを友達にばんばんアピールしますよ。
説明が下手くそなのでほとんど不発に終わりますけど笑

その視点から言うと上司はどこか傍観者ですよね。
若者がやめると言うたびに「またか」と思っています。
つまり上司の方も「若者はすぐに仕事をやめるものだ」と決めつけていますよね。


どちらが正しいとか、著者の言っていることは間違っているとか、そう言いたいわけではないんです。
少し視点を変えるとこんなもんなんですよ、と。



大体20歳を超えたくらいには、人は自分の考えを固めてしまいます。
常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」というアインシュタインの言葉の通り。

人間の発達学から見ても、人の思考力の成長は18~20歳まで。
それ以降は何もしなくても成長する、といったことは起こらず、能動的に鍛えるしかなくなります。

なのに、20歳も過ぎると「自分が正しい」と思っている人ばかりです。
思考量が圧倒的に足りていない(思考量を増やすためにもゲームをしようと言いたくなります)。



ちなみにもう一つ視点を変えると、昔も同じくらいすぐに仕事をやめる人がいたという話です。
ぼくはその時代に生きていませんが、その時代に生きていた人が何人もそんな記事を書いているのを読んだ覚えがあります。

考えてみれば当たり前ですよね。
どの時代も常にある一定はそんな人がいて然りです。
自分がもっと高齢化してきたら「今どきの若者は」と言わないようにしたいところですね(←これに関してはぼく個人の気持ちですが)。



みなさんの頭、固くなっていませんか?
もっと柔軟に考えてみましょう。

何故?本当に?いつ?どこで?場所が変わったら?他の人なら?自分だったら?

何かにつけて様々な疑問符をつけてみましょう。
それが思考量に、ひいては思考の成長に繋がります。
視点を変えた見方ができるようになる。

ものごとの本質は様々な角度から見なければ決してわからないものなのですから。





松山勝弘(まつやままさひろ)
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